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東京地方裁判所八王子支部 昭和54年(ヨ)732号 決定

債権者 八千代信用金庫

右代表者代表理事 新納太郎

右訴訟代理人弁護士 坂本建之助

同 浅野晋

債務者 岩崎哲二

債務者 高山康

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一  債権者の本件仮処分申請の趣旨及び理由は、別紙仮処分申請書及び申請理由補充書記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  本件仮処分申請事件は、債権者が、申請書添付第二物件目録一、二記載の土地(以下「本件土地」という。)の根抵当権者として、同土地の所有者である債務者岩崎哲二と債務者高山康との間の申請書添付賃貸借目録記載の短期賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)につき民法三九五条但書に基づく解除請求権を被保全権利として、本件賃貸借の解除を命ずる仮処分を求めるものである。

二  このような抵当権者の短期賃貸借解除請求権は、賃貸借契約の両当事者を共同の被告とし、賃貸借の解除を宣言する判決の確定によってはじめて解除の効果が発生する実体法上の形成の訴によってのみ行使しうる権利であるが、一般的には、被保全権利が右のような性質を有する形成権であっても、本案訴訟の確定判決をまっていては、それまでの間に権利者が著しい損害を被るような場合には、その侵害の危険を除去又は防止するために仮の地位を定める仮処分として本案訴訟の判決確定前に暫定的に権利関係を形成し、権利者に仮の満足を与えることができると解するのが相当である。

三  しかし、保全処分は、これによって保全される権利または法律関係(被保全権利)の存否が将来本案訴訟によって終局的に確定されることを予定し、これに附随する手続であるから、右のような仮処分により本案判決によるのと同一の権利関係が仮に形成され、更にこの権利関係を基礎として他の権利関係が派生することによって先に形成された仮の権利関係が実際上終局的なものに転化し、その結果本案訴訟が維持しえなくなることが十分予測されるような場合には、かかる仮処分は本案訴訟に対する附随性を失うに至るから許されないといわなければならない。

そこで本件仮処分につき附随性の有無を検討すると、本件疎明資料によれば、本件土地を含む申請書添付第一物件目録一ないし六記載の不動産については債権者の申立によって当庁で不動産競売手続(昭和五四年(ケ)第一八七号)が進行中であり、現在競売期日において競売を実施することが可能な状態であること及び債務者高山康は本件土地上に木造平家建居宅(競売外建物)一棟を所有して同土地を占有していること並びに本件仮処分の本案訴訟は債権者を原告とし、債務者両名を被告とする当庁昭和五四年(ワ)第一、三七二号短期賃貸借解除請求事件として係属中であり、昭和五五年二月一三日午前一〇時に第一回の口頭弁論期日が開かれたが、債務者両名の訴訟代理人弁護士松尾敏夫は請求棄却を求める答弁書を提出したのみで出頭しなかったため、右期日は訴状の陳述と答弁書の擬制陳述の手続をして終了し、次回弁論期日が同年三月一九日午前一〇時と指定されたことが一応認められる。そして、右本案訴訟の経過からみると、本案判決の確定までにはなお相当程度の期間を要するであろうことが予想され、債権者もこれを自認しているところ、債権者は、本件賃貸借の存在によって本件土地の価額が低減し被担保債権の回収につき巨額の損害を被るおそれがあり、本案訴訟の終結をまっていては競売手続が完結し、本件土地は賃貸借の附着するものとして廉価に競落されてしまい債権者は回復し難い損害を被ることになるとして、本案判決を得る前に申請の趣旨記載の仮処分を求めているものであるが、このような仮処分申請を仮に認容すると、本件賃貸借につき解除の効果が仮に形成され、これを基礎として本件土地は早晩賃借権の附着しない土地として競売が行われ、本案判決の確定前に競落され、競落人は賃借権の附着しない本件土地の所有権を確定的に取得し、他方債権者の根抵当権は本件土地の競落により終局的に消滅し、本件賃貸借の解除を求める本案訴訟はこれを維持しえなくなり、本案訴訟において被保全権利の存否を確定することが不可能となるであろうことが十分予測される。したがって、本件仮処分は、本案訴訟に対する附随性の要請に反するものであるから、これを許容することはできない。

もっとも、仮に本件仮処分が命ぜられた場合でも、債権者において仮処分の正当性を明らかにするためとして不当利得返還義務及び損害賠償義務の不存在の確認訴訟を、債務者らにおいて債権者の本件仮処分申請が不当だとして不当利得返還又は損害賠償の請求訴訟を、それぞれ提起する余地があるけれども、これらの訴訟はいずれも本件仮処分の被保全権利である本件賃貸借解除請求権の存否を確定しうる手続ではないから、本件仮処分に対する本案訴訟たる性格を有しないといわなければならない(以上、東京高裁昭和三五年(ラ)第一八号、同年四月一九日決定、高裁民集一三巻三号三四四頁、東京高裁昭和五三年(ウ)第一五号、同年四月一一日決定、下民集二九巻一~四号二二五頁参照)。

四  ところで、債権者は、本件仮処分においては、①仮処分による短期賃貸借の解除、②競売、③競落による根抵当権の消滅という事実状態の変動が予定されており、このような事実状態の変動は、「仮処分債権者においてその事実状態の変動を生じさせることが当該仮処分の必要性を根拠づけるものとなっており、実際上も仮処分執行に引き続いて仮処分債権者がその事実状態の変動を生じさせたものであるため、その変動が実質において当該仮処分執行の内容の一部をなすものとみられるなど、特別の事情がある場合」(最高裁昭和五一年(オ)第九三七号、昭和五四年四月一七日第三小法廷判決、民集三三巻三号三六六頁、判例時報九二九号六五頁参照)に該たり、本案訴訟においては右事実状態の変動は一切考慮されないから、短期賃貸借を解除する仮処分が命ぜられたとしても、本案訴訟はそのまま維持される旨主張するので、この点につき判断すると、いわゆる満足的仮処分の執行によって被保全権利が実現されたのと同様の状態が事実上達成されている場合は、仮の履行状態が作り出されているのであり、その当否は本案訴訟の当否にかかっているのであるから、この仮の履行状態の実現は、本案訴訟においてこれを斟酌すべきではない。また、仮処分執行後に生じた被保全権利の目的物の滅失等被保全権利に関して生じた事実状態の変動については、本案裁判所は、本案審理において原則としてこれを斟酌しなければならないが、債権者引用の右判例が判示するような特別の事情がある場合には、本案裁判所は、かかる事実を斟酌しないで本案の請求の当否を判断すべきであると解するのが相当である。

これを本件についてみると、債権者主張の上記①ないし③の変動を生じさせることは、債権者においてこれを予定し本件仮処分の必要性を根拠づけるものとされているけれども、右変動は被保全権利に関して生ずる事実状態の変動というものではなく、短期賃貸借の解除という仮定的に形成される権利関係を基礎として、更にこの上に派生していく権利関係の変動であり、しかも仮処分の執行とは別個の手続である不動産競売手続によって確定的に生ずるものであるから、前記判例のいう本案の審理において斟酌すべきでない特別の事情には該当せず、本案裁判所は本案の審理において右のような権利関係の変動を斟酌して本案の請求の当否を判断すべきものと解するのが相当である。それ故、債権者の主張は採用することができない。

五  なお、債権者が本件仮処分により解除を求めている本件賃貸借の目的物である本件土地のうち、申請書添付第二物件目録及び賃貸借目録各二記載の土地は、一筆の土地の一部であるところ、当該部分は「東京都東大和市清水三丁目八八四番七宅地一五五・〇四平方メートルのうち七六・五〇平方メートル」と表示されているのみで、一筆の土地全体のいずれの部分に該当するかが図面等により特定されていないから、申請の趣旨自体不明確というべきであり、この点からしても本件仮処分申請は失当といわなければならない。

六  よって、本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく、これを却下すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 小野剛)

〈以下省略〉

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